諸星未来堂ープ

太平洋高気圧が不安定な八月第二週


MOROBOSHI Tomorou's
Warp Diary
1998 August 2nd Week


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MOROBOSHI Tomorou's Warp Diary 1998 August 2nd Week
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980809b[ ATOMIC-BOMB at NAGASAKI / 長崎の夏、原爆の夏 ]

 すっかり書くのを忘れていたのだが、今日は「長崎原爆の日」だったな。

「すっかり忘れていたのだが、今日は長崎原爆の日だったな」と、うっかり書きそうになったが、今日が長崎原爆の日であることは、朝から認識していた。「すっかり忘れていた」となると、ちょっと罰当たり度が高い。

 長崎に、それほど深い縁があるわけでもないが、長崎に落とされた原爆は本来は福岡県は小倉に落とす予定だったわけであるからして、関係ないわけではない。小倉には母方の実家が......って戦後に北京から小倉に引き上げて来たんだから、当時は、いなかったのか。いかん、なんか、だんだん関係ない、という文章になってきたような。

 えーと、長崎には修学旅行で行ったことがあるし、何度も行ったことあるし、同じ九州だし。えーとえーと。

「罰あたり度が高い」というのは、言ってみれば「広島の原爆の日に、いろいろ核兵器と人類について語ってしまって、直後の長崎原爆の日には、語るべき事が無くなってしまっては、『まぁ、広島原爆の日にまとめていろいろ考えたからさ』とばかりにないがしろにするようで申し訳ない」ということだな。

 あ、いかん「ないがしろにしてます」と告白したようなもんだ。うわ。

 小学校の修学旅行で、さんざん「長崎平和の像の絵皿」とかお土産に買ったりしたから、勘弁してもらおう。去年も、平和公園の横を自動車で通過して、木の向こうに、平和の像の上げてるほうの手、を見たから、いいだろう。

 ふと福岡大空襲の日っていつだろう、と思って調べたら、とっくの昔の6月19日だったのか。

 えーと「戦争反対」ってのは終戦記念日に取っておくとして、じゃ、今日はとりあえず「無差別爆撃反対」ということで。

 なんというか「戦争にはルールがあります」っていうのを知ったのが、実は中学生か下手したら高校生だったオレなんだけれども、その色々あるルールってのが、

  1. 戦争は正規の軍人同士がするものですから、軍服を着た正規の軍人以外の人、例えば民間人を巻き込んではいけません。
  2. 戦争は、宣戦布告で始めなくてはいけません。
  3. 捕虜を殺したりしてはいけません。
  4. 民間人を巻き込むような無差別爆撃はしてはいけません。
という風に説明されていたのだが、何というか、いわゆる第二次世界大戦ってのは、ことごとくこの「戦争のルール」がないがしろになってるなぁという気がするのだった。真珠湾攻撃で、宣戦布告なしに戦争は始まるし、日本軍は捕虜殺すし。で、日本軍だけがルール違反したから、東京裁判でかたっぱしから戦犯ってことになったのかしら、と思ったら、「絨毯爆撃はしてはいけません」というから、驚きだよなぁ。日本中絨毯爆撃されたじゃんアメリカ軍から。あれだけ堂々としておいて・されておいて「してはだめです」と言われてもなぁ。

 と、いうわけで「無差別爆撃はやめよう」ということで。(いや、多国籍軍のピンポイント爆撃ならいい、ってわけじゃないけどさ)。


980809a[ daily life / 日常生活(日) ]

 福岡は、晴れというか曇りというか。


 夢を見た。

「鹿児島まで出張するのだが、予算の都合で福岡から徒歩旅行」という夢だった。

 スーツ姿だったのだが、雨が降ってきて、かつ、なぜか沼を歩いて渡らなくてはならなくなる、という夢で、パンツ一丁になって、服をビニール袋に入れて頭の上にくくりつけて、歩いて沼を渡るというシーンで「あぁ、ビニール袋を余分に持ってきて良かった」と思った。そして「あぁ、こんなことになるなら、キャンプグッズを搭載してくればよかった」と思ってカバンを開くと、ガスバーナーやツェルトが搭載されてて「おぉ! これさえあれば、野宿もオッケー!」とかすごく心強くなった夢だった。

 で、てくてくと歩きながら「しかし、一泊8000円ぐらいだし、福岡鹿児島間の旅費がでないなら、自分の自動車で行くとか、いくらでも方法あるだろうに、どうして徒歩&野宿なんだろう?」とずっと悩む夢だった。

 なんか、あともう一歩で「これは夢だ」と気付くところまできてたようだな。

 それにしても、ガスバーナーとツェルトは心強い。けど、実際にツェルトでビバークしてガスバーナーで炊事した経験がないから、実際にやってみて耐えられるのか不明。


 高倉健と倍賞千恵子の「FMV夫婦」のCMの話なのだが。

 買い物から帰ってきた妻は「買ってきたフランスパンで、パソコンにはまっているダンナの頭を背後からポカリ」という夢想をしているのだが、それを察知したダンナは「プランスパンが来たら、すかさずヘルメットで防衛」という夢想をしていて、お互いにニヤニヤ(じゃないか)してる、というCMがあって、あれは好きだ。

 別のバージョンの、日傘さしてパソコンしてるダンナを見ながら「日傘ひっこぬいてコーヒーカップをテーブルから吹っ飛ばす」という夢想と「テーブルひっくりかされた瞬間にノートパソコンもっちあげる」っていう夢想が出てくるのだが、これが、別に対決にも何にもなってない気がして、何が面白いのかわからない。

 あの日傘、倍賞千恵子を防衛してなさそうだと思ったら、日向で液晶みるための日傘だったのか?

 それと、「フランスパンとヘルメット」も倍賞vs高倉の妄想合戦じゃなくて、あくまで、倍賞千恵子の妄想の暴走という設定だったんだろうか? あー、なんかそう考えるとつじつまがあうな。「このひとをパンでポカリってやったら、いいかしら」「けど、ヘルメットとか出てきたらしゃくだわね」という一人妄想ボケ一人妄想ツッコミというか。

 そうか、じゃ、つまらん。(をいをい)。


 先週の日曜日にBSで放送された、村上龍が韓国の若い文化人と語らう番組(タイトル忘れた)を録画しておいたのだが、一週間たって、やっと観た。

 けっきょく、いま、韓国で村上龍が読まれている背景というのは、「80年代の光州事件あたりからの学生紛争がなくなって、エネルギーのはけ口がなくなった90年代の韓国の若い人達は、自分達の不満を代弁してくれるものを探していた」ということらしい。

 ということで「70年代の学生紛争がなくなって、エネルギーのはけ口がなくなった80年代の日本の若い人達は、自分達の不満を代弁してくれるものを探していた。だから村上龍は売れた」というのが正しいとしたら「韓国は日本と10年タイムラグがあった」ということで、話は非常にわかりやすい。

 けど、オレはどうして(日本で)村上龍が売れてるのかよく知らないので、結局、どうして韓国でも売れるのか、わからないのだった。

「限りなく透明に近いブルー」って1976年の作品だったのか。

 番組の中では、村上龍が自分の作品の事を「ボクの作品ってのは『すごくよく売れてるカルト作品』みたいなもので、読者の世代はいろいろだけど、社会に不満を持っている一部の人のためのものだ。(世間の大部分の人には必用ないものだ)」(文責オレ)と言っていたのが、面白かった。

 あとは、番組の最後のメッセージで「諸外国も問題とか、テレビなんかでちょっと見たぐらいでわかりっこないのに、すぐわかった気になる人が多いが(若者は)わからないことをわからないと認めて生きろ。で、わからないことはわかろうとし続けろ」(文責オレ)というような事を語っていて、ありがちな言葉ではあるが、村上龍が言うと、ちょっと説得力があるな。


 録画しておいた「スィートデビル」第4話を見た。

 今回の犯人は「冥王星」か。

 ネタバレしないように、ぼやかして書くけど、なんつーか「初登場の時から、なんか胡散臭い人物だと思っていたが、まさか、本当に犯人とは!」って感じだなぁ。

「言いたいことはわかるけど、ちょっと無理のある人物造形だよなぁ。これじゃ、まるで変質者じゃん」と思っていたら「実は変質者だったんだよ」ってことで、ガーン。

 しかし、全9話の4話かー。もうちょっと後までひいてもよかったかもなぁ。けど、これ以上ひいておいてから「実は」ってされちゃうと「それは、あんまりだ」って気がするよなぁ。だから、これぐらいでちょうどよかったかも。

 なんつーか、映画とかドラマとかって、小説よりもかなり「これってウソだよなぁ」というのを感じながら、それを「そういう世界なんだから」と騙しながら観賞する行為を(無意識に)強いられる娯楽なんだよなぁ。特に、テレビドラマって、映画よりも、その「努力」が大きいんだよなぁ。だから「あなたがたはこう思いこんでいたでしょうけども、それは錯覚だったんだよーん」という系のドンデンガエシをやられたときに「うわ、やられた!」というよりも「もー、ミスかと思ったら必死に気付かないフリしてたのに、仕掛けだったのかよ、もー。なら、もう少しうまく隠せよ」的な怒りがこみ上げたりするからなぁ。なんつーか「なんか、床に継ぎ目が見えるけど、多分、仕上げが失敗したから、見なかったことにしよう、と思っていたら、実はそこが落とし穴で『こんな簡単な落とし穴に気付かないなんて!』と笑われたような気持ち」と、いうか。

 まぁ、小説だとしたら「文章が下手くそで、何がどうなってるのかってのを読みとるだけで、ものすごく苦労してたのに、その途中の文章の表現にヒッカケが隠されてて『オレの文章にヒッカケられたな!』的なドンデンガエシを食らった時の怒り」に似てるかな?

 って、おれが気に入らないシチュエーションをくどくど述べて「こういう話じゃなくて、よかった」という褒め方するのって、なんか変だな。

 はーしかし、壇原先生(内藤剛志)とか、その別れた妻とかが「最後の犯人」とかじゃないことを祈ろう。あーでも先生の娘のヒナちゃんに、最後の悪霊がとりつく、とかありそうな展開だなぁ。

 しかし壇原先生「魔術にうつつをぬかす、しょーもないアホ教授」という設定かと思ったら、実は謎を一人でどんどん解明する、かなりの頭脳だから、びっくりだなぁ。なんつーか壇原先生の「強引で問答無用で、かなりインチキそうな理論の説明」なんだけども、この作品の基本設定である「呪い」そのものが、かなりインチキそうな理論で発生しているので、インチキなのが作品世界そのものなのか、壇原先生なのか、よくわからんところが、なんともな。まぁ、そこが味なのかもしれないが。

 あと、「女子大生の役なのに、いまだにレディース暴走族の演技が抜けないレイナ」という噂もあったのだが、次週予告を見ると「実は元ヤンキーな女子大生」という設定らしい。

 まぁ「レディース暴走族の演技が抜けないから、元レディースっていう設定にした」とか「レイナを見ると脚本家は自動的に元ヤンキーという設定にしてしまう」とか、そういうことかもしれないが。

 しかし、予想してたよりも、ずっと面白いからみてて楽しいなぁ、このドラマ。袴田かっこいいし。デブ田口も、ものすごありがちだけど、基本に忠実な「プライド高いけどダメで情けなくて頼りにならなくて、けど憎めない愛すべきデブ」を演じていて、見ていて実にホッとする。


 21時30分に突如、マクドが食べたくなり自転車を飛ばしてマクドに行って、ビックマックのLLセットを頼んだ。

 受け取ったのが、21時45分ごろ。

 なんか店内が騒々しいなと思ったのが、21時50分ごろ。

「あ、22時閉店じゃん」と気付いたのが、21時55分ごろ。

 と、いうわけで、Lサイズのマックポテトを5分で全部食った。

 う、き、気持ち悪い。(すまん)


 ひさしぶりに、Qcamを起動してみたら、あまりにレロレロな画質に参ってしまった。

 しかも、夜の室内は光量が足らないのか、うすらぼんやりとしたソフトフォーカスの世界としてうつるなぁ。

 うーん、メルヘンでいいかも(をい)。


 1000円で売ってる、ウクレレ用のマイクを買おう。

 そして、ウクレレの多重録音をするんだ。

 ディストーションをギンギンに効かせて、ハードなナンバーをな。

 はー、そんなことするなら、素直にギター弾けばいいか。(すげー虚しくなったらしい)


 週刊アスキーで読んだ、光岡自動車の組立自動車キットが、すごくかっこいい。

 メッサーシュミット型のK2号がかっこいいなぁ。

 これを組み立てて「♪ららーららららららららー」とブラジルを口ずさみながら、小切手届けにいったら、楽しかろう。

......楽しくないか。停めてるメッサーシュミット燃やされたらやだし。

(「未来世紀ブラジル」ネタなので念のため)

 うむ、これ原付なのか。ってことは、時速30キロなのか?

 スペックのページに書いてあった、

マイクロカーとは、
.... 第一種原動機付自転車のなかの、原動機付3、4輪自転車の技術基準に適合しています。車両法では原付自転車ですが、道路法上は自動車の扱いとなります。
  1. 一般公道での運転には自動車普通免許が必要です。
  2. 運転時にヘルメットの着用義務はありません。(安全のためにシートベルトを締めましょう。)
  3. 道交法上の法定最高速度30km/hの制限はありません。
  4. 任意保険は原付用保険が適用対象となります。
だ、そうだ。いいな、車両としては原付だから、いろいろ安いし、そのかわり能力的には普通乗用車なのか。

「いいな」と書いたが、「じゃ、乗るか?」と言われると、なんか事故ったら完全に死にそうなので、遠慮したいかも。


 CU-SeeMeでウクレレ音声放送の実験をする。

 某大学のリフレクターを不法占拠する。

 けど、けっきょく、ふじひろ氏と一対一のウクレレの会になってしまったのだった。むぎゅー。

 それにしても、オレのウクレレレバーとリーの無さよ。とほほ。


「文責ネタ」の話。

 ワープ日記980807aに「文責」に関する文章を書いたところ、しゅがい土星日記980809『にしても、4.「自分の書いた文章が他人を傷つけた場合に、謝罪すること」だと何を傷つけたのかこれだけだとちょっと曖昧かもしれない。名誉を傷つけた場合と心を傷つけた場合でも状況が異なるような気 が。』というコメントが。

 言われてみれば、「かなり」曖昧ですね。まぁ「ここから先はよくわからない」という話に続くわけであるので、ある程度、曖昧であるのは仕方ないと思っております。そして、書いた時点では「気持ちが傷つく」のつもりでした。それというのも、その後に続く部分で『さらに「自分の書いた文章が他人に不利益を与えた場合に弁償すること」とまで拡張すると』と書いてありまして、これはすなわち、私が「『人が傷つく』というのは『気持ちが傷つく』場合と、『経済的な(物理的な)損害が出る』場合の二つの側面があって、まず『物理的な損害はないが、気持ちが傷ついた』という状況が発生して、さらに『気持ちだけでなく、物理的にも被害を受けた』という状況になるのであろう」と考えていたことを示しています。

 まぁ、もちろん「気持ち的には全然平気だけど、物理的な損害は受けた」ということも発生するかもしれませんが。

 で「名誉が傷つく」の話ですが、実は「名誉が傷つく」ってのがどういう状況なのか、突き詰めて考えると(私には)あんまりよくわからないわけなんですが、「精神的苦痛+経済的打撃」で、ある程度、近似できるんじゃないかと思っています。

 と、いうわけで、現段階で書き直すと、

「文章に責任を持つ」ってのは、
  1. 「自分の書いた文章を、自分が書いた物であると認めること」
  2. 「自分の書いた文章が誤解された場合に(意図と違って理解された場合に)、説明すること」
  3. 「自分の書いた文章に、間違い等あった場合に訂正すること」
  4. 「自分の書いた文章が他人の気持ちを傷つけた場合に、謝罪すること」
  5. 「自分の書いた文章が他人に経済的不利益を与えた場合に弁償すること」
である。
となるわけです。そして、「4.と5.に対しては、私は、正しい責任の取り方がわからない」というわけです。

 4.の「謝罪する」というのは、平たく言えば「ごめんなさい、と言う」ということを想定しているわけですが、世間では「慰謝料」のように、精神的苦痛に対しての金銭賠償が認められているので、今回の場合のように「気持ちを傷つける」ことと「経済的不利益を与える」ことを、わけて考えられるのかどうか、怪しいと言えば、怪しいわけです。

 あるいは「名誉を傷つけられることは、単なる精神的苦痛や、金銭的損害とは別のことである」とすれば、「精神的損害」「金銭的損害」「名誉的損害」と三分割にして、6.「自分の書いた文章が他人の名誉に損害を与えた場合には、その名誉を挽回すること」を追加することで対応したいと思います。

 あと、「まぁいずれにせよ、人間誰でも傷つくことは嫌なのだ、という先入観が入っていそうでちょっと引っ掛かるですね。」というコメントもついているのですが、これはそのとおりですね。基本的に「人間は誰でも傷つくことは嫌なのだ」ということを前提にして話を進めております。これが人類普遍の真理とは思っていませんが、今回の話で、現在の所、この前提を疑う必用を感じておりません。「傷つくことが嫌ではない人」がいても、「人は傷つくことが嫌である」という前提で行動していれば安全側になるからです。問題は「傷つくことが嫌ではない人は、逆に、傷つけられないことが嫌である」場合ですね。その場合については、現在の所、考慮していません。

 で「人間誰でも傷つくことは嫌なのだ、という先入観」が入っていると、どういう問題がありますでしょうか?


980808a[ daily life / 日常生活(土) ]

 福岡は暑かった。汗ぽたぽた。


 本日は、「力尽きて、お家でくたばっていた」と説明すると非常にわかりやすい一日だった。


「小説・上杉鷹山」童門冬二,を再読してみたり。

 うーん、リストラ。

 しかし、ぼーっと読んでいると、上杉鷹山が、筒井道隆の顔で浮かんでしまうわけで、ドラマの影響力は恐ろしい。


○あー、そりゃ失礼しました。「論争」ってのがまずかったかな。


 と、いうのが、「一的な返答法」なのかもしれん。ちなみに、オレ流に書くと、以下のごとくクドくなる。


 昨日「しかし、(さきぽんさんと)「はち」さんとの論争? 自体には、特には興味はない。」とワープ日記に書いたところ、「はち」さんの日記980808「論争をしているつもりはまったく ないのですが。論争に見える部分があるのかなぁ。」と書いてあった。

 あー、気を悪くしたならすみません。「論争」ってのがまずかったでしょうか。「議論」ぐらいにしとけばよかったですかね。

「論争」ってのは「論を戦わせている」ぐらいの意味だったんですけれども。

 そして、「さきぽんさん」と「はちさん」の「否定的な文章 」に関する一連のやりとり( 1. 2. 3. )は、オレ的には「論争」に見えたわけなんですけれども。


 巨人のガルベス投手が審判にボールぶつけた件に関して「スポーツマンらしからぬ」という批判(というか非難)がいろんなところに載ってるが、どうも読んでいると「スポーツマンらしからぬ」の前提として「スポーツマンというのは社会の模範となるべき高潔な人物であって」というのがあるように読めてしまって、どうも謎だ。

 というような話をしたところ、どうも話は「オレはスポーツ全般とスポーツマンに対してコンプレックスと偏見をもっている」というのが結論らしい。そうかー。

 そうだよなぁ。ガキの頃から、体育会系の方というかスポーツマンの方というか腕力に自信がある方というか、そうの系の方々には、いろいろ言いたいことというかがあるからなぁ。(なんか歯切れが悪い)。


 野球中継で時間がずれたせいで、「ハルモニア」を30分ばかりみるハメになったのだが、いつのまに、超能力ドラマになったんだ。怖いじゃないか。

 んで、いつも苦虫を噛み潰したような苦悩の表情で、車を駆り、走るキンキ光一が、2時間後のラブラブあいしてる、で、ゲストミュージシャン相手にアホなトークを繰り広げるのを想起すると、また格別だな。


 CDTVで知念理奈のゲストライブの背景が、CGの合成だったのだが、なんだか「Kai's Bryceででっちあげました」というか「偽MYST」って感じで、とってもナイスだ。

「こ、これって、ヴァーチャルアイドルって感じ!?」というか。オレにとってのね。

 やっぱ「ヴァーチャル」で「アイドル」と言われたら「無理矢理技術を突っ込んでみた」+「でも、なんかあんまりセンスがないかも」+「お金かかってるかもなのに、なんかB級」+「そこはかとないいかがわしさ」ってのがオレ的には必要だなぁ。


 昨日のことであるが、懐かしの特撮の話をしていて、自分が昭和47年(オレ3才)ぐらいの特撮によって完全に人格形成の方向性を決定されてしまっていることに気付いてしまった。ちょっとショック。

 で、昭和46年から48年までな特撮ってのに、どんなのがあるかというと「みちる特撮ページ」の「特撮番組初回放送日一覧表:年代別」によれば、

ってことになって、この中で「これは知らないなぁ」「オレの守備範囲じゃないなぁ」ってやつは、「10-4-10-10」と「笛吹童子」と「魔人ハンターミツルギ」「ポンポコ玉」ぐらいかなぁ。(主題歌が歌えないのは、さらに「レッドマン」「グリーンマン」「ゴッドマン」(の「おはよう子供ショー」関連)と「魔女先生」とかだな)

 それにしても47年あついなぁ、快傑ライオン丸、超人バロム、ウルトラマンA、変身忍者嵐、トリプルファイター,人造人間キカイダー、サンダーマスク、レインボーマン、突撃!ヒューマン、アイアンキング、すごいなぁ。こんなにあったのか一年で。

 と、いうわけで、迷惑にもIRCの某チャンネルで、えんえんと(懐かしの)特ソンを歌い続けていたら、最初は「すごいですねぇ。よくそんなにおぼえてますねぇ」と感心されていたのだが、しまいには、「ついていけない」とそっぽを向かれてしまった。

 やだねぇ、オッサンの「オレの若い頃は」話は。わはは。

 で「ええのぉアニソンは」とか言っていると「それは特撮ソングアニソンではないのでは?」とツッコまれてしまう。わはははは。

 オレ的には「アニソン」には「広義のアニソン(特撮ソングを含む)」と、「狭義のアニソン(純粋なアニメの歌だけ)」の二つの意味があると思うので、今回の「アニソンはええのぉ」は前者の「広義のアニソン」ね。

 ま、オレの守備範囲は、すでに「懐かしのアニソン」だから、「懐かしの」を入れておかないと、最近のアニソン者ともめるかもしれないなぁ。ふふふ。

 で、さらに、ここのページ(うちだの世界の特撮コーナー)、の「バルタン星人の限りなきチャレンジ」とか「誕生! 君は仮面ライダーだ」とか読んで、大わらいしてしまったことよ。楽しいなぁ。


 缶みかんを凍らして、ぼりぼり食っていたら大変うまくて感動してしまって(缶のまま冷凍すると破裂するので、しないように)、「あぁ、日本人にうまれてよかったのー」と思ったのであるが、缶みかんって、日本以外でも食われてるのかなぁ?

 なんか日本人しか食わないような気もするし、カンヅメになってしまったら、海を越えて、割と信じられないぐらい遠い場所でも日本と無関係に消費されてるような気もするなぁ。なんかスカンジナビア半島の漁村の雑貨屋とか、アフリカとか南アメリカの片田舎の雑貨屋の棚にもおいてある、とかさ。

 それと、輪切りのパイナップルのカンヅメを食う度に思うのであるが、これってハワイとかでもみんな、わしわし食うものなんだろうか? 世界中で食われているんだろうか? 世界生産量の何割を日本人は食ってるんだろうか?

 日本人が、世界のパイナップルを大量に消費してるとも思えないけども、世界人口比率からすれば、かなり大量に消費してるんじゃないかなーと思うなぁ。これは「贅沢」とか「金持ち」とかいう話よりはむしろ「なんかしらんが日本人って妙にパイナップル好きかも」とかさ。

 うそかもしれないあやしい記憶だが、たしか日本人は世界のカレー粉の生産量の4割だかを消費していたんじゃなかっただろうか? 残りの6割はインド人が食べているんだろうけども。

 しかし、日本人はどうしてこんなにカレーが好きなんだろうか。別に日本でカレー粉生産しないのに。

 まぁ、イギリス人も、本土ではとれそうもない、お茶を消費してるけども。

 それにしても、和歌山毒カレー事件は、毒混入という事件本体としても許せんが、「お子様にカレー恐怖症と夏祭り恐怖症を発生させた」的に許せんなぁ。

 カレー食えんくなったら、つらいじゃんか。


980807a[ daily life / 日常生活(金) ]

 福岡晴れ。


 昨夜は、英語プレゼンの構想を練っていたら暗い気持ちになって頭痛がしてきたり。

 気晴らしに、壱岐画像をjpegに変換したり、仲間内公開のためにwebにあげたりしてたら、目を酷使して頭痛がしてきたり。

 オレは以前から縦位置(画像の長辺が縦になる位置)での撮影を多様するヤツだと思っていたのだけれども、(ちゃんと数えてないが)どうも、全画像の8割ぐらいが縦位置だったような気がする。画像ソフトで一括して90度回転させておいて、横位置なやつだけ元に戻すようにした方が、作業の効率の面から有効なんじゃないかと思った。気付いたのが、全部終わった後だったんだけども。

 ただ、まぁ、とりあえず、全部の画像を一度見て、確認しなくちゃいけないから、いいんだけど。


 昨日から、ちょっと「責任」って言葉について、ぐるぐる考えている。

 ひとつは「第二次世界大戦後、朝鮮半島が分断されてしまったことに対する、日本の『責任』」という話。

「日本がもっと早く降伏していれば、分断されることはなかった。だから日本に責任がある」ってのは、字面からみていると「なるほど」な気がするけれども、この場合の「責任」っていうのは、どういう意味なんだろう? と。「日本はこの件について関係がある」ってのは、よくわかる。無関係ではないだろう。けど「責任がある」って言い方をする以上は「責任を取れ」「責任を取ってない」「やるべき事をしてない」というような話になるんだけれども、この場合「責任を取る」ってのは、どういう意味になるのかな。具体的に、どのようなことをすべきで、かつしてないのだろうか。念のため書いておくと、「具体的にすべきことは何もないし、よって、何もしなくてもよい」と主張したいわけではない。「具体的に何をすべきで、何をしてないと言われてるのか、オレには(知識もないし、あまり深く考えたことがないので)よくわからない」と主張しているだけだ。

「日本がもっと早く降伏していれば」というのが「責任がある」とうのの理由になっているとすれば「日本は、もっと早く降伏して、朝鮮半島は米国の単独支配下になるべきだった」と主張しているのだろうか。あるいは「日本は、もっと遅く降伏して、朝鮮半島はソ連の単独支配下になるべきだった」と主張しているのだろうか。あるいは「植民地支配をしていた以上、支配をやめたあとの国家経営の青写真を示してから、支配をやめる(負ける)べきだった」ということなのか。

 とにかく「原因になっている」ってのと「責任がある」ってのは、同値じゃない気がするのだが、よくわからない。


 もうひとつは「文責」つまり「文章責任」のこと。

「このWebページ上の文章は、オレが責任を持つ」という場合の「責任」は、具体的には、どういう事態に、どういうことをすることを指しているのか。「責任を持つ」「責任を取る」ってのが、具体的に、どのような事を指しているのか。

 あまり真面目に考察しない状態で「文責ヲレ」とか書いているのは、非常によろしくないと思う。世間の人々は、どのような意味で「責任を取る」ということを言うてるんだろうか。

 オレが「文責はオレ」と書く場合、それは「私は、A氏がこのような意図で発言したと理解して、私の言葉でA氏の発言内容を表現する。よって、これはA氏の発言内容そのままの文字列ではなく、私のフィルタがかかっているので、その点を了承して読んで欲しい。A氏の発言意図が私のフィルタのせいで変わってしまったことが判明した場合は、訂正、謝罪などを行う」ぐらいの意味なんだけれども。(A氏ってのは、特定の誰かじゃなくて、一般的な発言者の意味ね)。

「文章に責任を持つ」ことがすなわち「いざとなると頭を丸める」とか「遺憾の意を表明する」ということに直結することにはならない、というか、頭を丸めたり、遺憾である、と言えばいいって問題じゃないだろう、ってことなんだけれども。

「文章に責任を持つ」ってのは、

  1. 「自分の書いた文章を、自分が書いた物であると認めること」
  2. 「自分の書いた文章が誤解された場合に(意図と違って理解された場合に)、説明すること」
  3. 「自分の書いた文章に、間違い等あった場合に訂正すること」
  4. 「自分の書いた文章が他人を傷つけた場合に、謝罪すること」
とかいうのが、浮かぶのであるが、4.の「他人を傷つけた場合」あたりから、だんだんと、どこまで責任を取ればいいのか、どこまで責任が取れるのかがわからなくなってくる。さらに「自分の書いた文章が他人に不利益を与えた場合に弁償すること」とまで拡張すると、どうやって責任を取っていいのか、見当もつかない。

 あと、書いたあとの文章について、の前に、「文章を書く姿勢」についても、いろいろと「責任」がからんでくるだろう。例えば「ニュースソースの真偽を確認してから書く」とか「公平を目指す」とか「読者を特定の意見に誘導しないように」とか「誤解されない表現をする」とか。これらについては、特に、自分の作文姿勢にはすぐには反映させられないものがあるので、採用は保留する。「全ての作文者はジャーナリストであれ」ってのが本当かどうか、自信がない。


 さらに、「責任」に対応する英語の「responsibility」「liability」「accountability」などの違いも、よくわからない。


 おろ、上の「文責」の話に関して、「ふるふる日記」980807#06「ワープ日記の諸星さん(略)から、コメントがついてるけれど」とコメントがついてるけれど、「黙っていたけど実はふるふる日記へのコメント」ってつもりはなかったのだが。

 どちらかというと「はち」さんの日記の980807「ワープ日記のこのあたりでも 似たような話題が出ていてなんだかシンクロニシチー」の方が、感覚的に近い。

「文責」の話を考えている原因は、ワープボード197の「Re:しかくい」以下の一連のスレッドに出てくる「触れて欲しくない話題ならさっさと隠せ」と「隠さないならいつまでもいじられる覚悟をしろ」の話、あるいは、その元になったワープ日記980723b[アシモフの息子](の追記部分)によるものです。


 とはいっても、この「文責」の話の裏側には、ふるふる日記980805#08を読んだ感想が混じってないとは言えないわけであるので、巡り巡っていえば「コメントをつけた」ということになるかもしれない。(とはいえ、ふるふる日記980805#08の「イヤミ論争」自体には、特には興味はない。あくまで一般論として触発された、ということ。)


 ついでに白状しておくと、さきぽん日記980731の「にっきで気をつけていること」にも触発されたかもしれない。(しかし、「はち」さんとの論争? 自体には、特には興味はない。)

「論争自体に興味はない」と書いているのは、「論争自体に興味がある場合は、批判対象を明記した上で書くよ」ということです。つまり「明記してない文章は、あくまで一般論として書いているので、『ひょっとしてこれって私のことを批判してるんじゃ?』と邪推しなくてもいいよ」ということです。(まぁ、邪推するのはご自由にどうぞですけれども)。自分でも気付かないうちに、一般論のつもりが、どうにも特定のWeb日記に対する批判になってしまっていた、ということがないとは言えないが。


 ふぅ、しかし、リンクしてみて思ったのだが、段落ごとにアンカーが埋めてある日記ってのは、リンクしやすくていいな。ワープ日記は「日常生活」の中の項目は、ネタごとにはリンクがはれないので、あまりよくない。方法としては「本当の日常生活以外のネタは、どんどん『については、別項』にする」か、「覚悟を決めて段落アンカーを入れる」かだな。

 しかし、これ以上アンカー増えたら、オレの脳では管理できないだろうから、くやしまりながら、保留。

「オレが更新しやすいように」ってのがワープ日記の絶対使命だからな。(現状では、あんまり更新しやすくもないけど)。


 外国から来た偉い人は、ツッコミが鋭かったので、爆死してしまった。

 まけないぞ。がんばるぞ、明日から(弱い)。


 仲間内旅行画像Webなのだが、ファイル名リストは、あまりに使いづらいだろうと思ったので、ファイル名を画像タイトルに書き換えたリストも作った。

 200枚もの記念写真に「記念写真(あ氏、い氏、う氏、え氏、お氏)」とか「記念写真(ぐ氏、え氏、う氏、ぎ氏、ぃ氏)」とかいうキャプションを書いていたら、だんだん気が狂ってきた。

 やっぱ、自動リンクリスト生成スクリプトぢうやう。って、自動で画像のキャプションを書いてくれるスクリプトは無理だろうなぁ。わはははは。

 あ、しかし、この「便利になったリスト」をWebに上げても、週末だし、来週からみんな盆休みに突入するから、誰も見てくれないのでは? ♪るるるーるるるるるるー


 食欲不振につき、また晩飯がタコヤキ。

 夏バテだろうか? いかんなぁ。


980806b[ A-BOMB at HIROSHIMA / 広島の夏、原爆の夏 ]

 そうか、今日は、広島原爆の日か。

 実は、広島には一度も行ったことが無い。原爆記念日に新幹線で「通過」したことはあるけど。

 しかも、小学六年生まで広島と長崎の原爆の区別がついてなかったらしくて、長崎の爆心地で「原爆ドームは?」とガイドさんに質問して、嫌な顔をされた記憶が。「原爆ドーム」ってのは、原爆を記念(記念じゃないのか)して、爆心地に立てたモニュメントのことだと思っていたので、広島と長崎に一個ずつあるもんだと思っていたのだった。

 平和記念式に印パ大使呼んだら来た、ってのはなかなかいい話かもしれんと思う。

 とはいえ、「原水爆の悲惨さを訴えるのが唯一の被爆国である日本の崇高な使命だ」とばかりに日本が「崇高な使命」に燃えたところで、原水爆を開発して保有する国は、それぞれの都合で持つわけだから、「やめましょう。よくないことです」と言うだけじゃ、説得力ないだろうなぁ。実際、どうして核兵器開発して持っちゃいけないのか、いまひとつよくわからないんだよなぁ。

 とはいえ、映画「ザ・デイ・アフター」とかの核攻撃後の風景とかみると、どうもアメリカ一般大衆あたりでは「核兵器くらっても、顔が黒くすすけるぐらいで、ま、強力な爆弾でしかないからさ」というイメージらしいので「核兵器使うと、街は真っ平らになるし、人間は火傷で皮膚ずるむけで、ウジがわいて、全身から血を吹き出して、ガンとか白血病でバタバタ死ぬし、死ななくても後遺症が延々と残って、すんげーいやーな兵器だよ」ってのは宣伝すべきだとは思うな。「うわ、もうやめてもうやめて」と思うぐらいに宣伝すると。「核抑止力による世界平和ってのは本当なんだろうけど、とりあえず使うと、こういう事になります。はい、世界平和は核兵器なしでは維持できないのは、今のところ事実でしょうけど、使うとこうなるんですけど、よく見ておいてね」という具合に。ま、勿論、通常兵器による攻撃でも、街は瓦礫の山だし人間は手足が千切れて、すげーいやーんな事態にはなるんだろうけど。

 まぁ、インドやらパキスタンやらでやっても「うーん、それは嫌かもしれないけど、敵に滅ぼされるのはもっと嫌」とか「うーん、これは嫌だなぁ。自分らがなる前に、やっぱ敵をこういうふうに抹殺しないといかんな」と思ったりされたら困るかもなぁ。(ってのは、インド、パキスタンの人々に対する偏見かしら)

 で、日本の子供は(子供だけじゃないだろうけど)は「あやまちは二度と繰り返しませんから」と唱えるだけじゃなくて、どーすりゃ、二度と原爆が落ちてこないようにできるか、もうちょっと現実面で考えてみましょう、と。いや、オレもどうすればいいか、よーわからんが。

 井沢元彦じゃないけど「世界平和!」「核兵器を許すな!」と拝んだり叫んだりするだけで世界が平和になったり、核兵器が根絶されたりは、しないんだろうからさ。コトダマ、コトダマ。

 とはいえ、「ケンカすんなよー」と周りが言っても、どうしてもケンカしたがる人々がいた場合、ケンカが始まる前なら、

  1. 話し合いでおさめる
  2. 「先に手を出した方を、あとでこっそりいじめるからな」と双方を脅す
って手があって、日本って1.なのかなー? アメリカなんかは2.なんだろうけど。でも、日本も「援助とめるぞ」って「脅し」使うだろうから、2.なのかなぁ? あんまり効かないみたいだけど>援助とめるぞ。

 で、実際に始まってしまったら、

  1. 金やってなだめる
  2. 両方を殴ってケンカを止める
  3. お互い死ぬまでやらせる
のどれかしか手段がない気がしないこともないのだよなぁ。日本は圧倒的に1.だと思うんだけど、あまり尊敬されないからなぁ。米国手動の多国籍軍となると、もぉ2.なんだけども。(うわ誤植。「米国主導の多国籍軍」だわ。手で動かしたらご苦労さんすぎる)

 ここで「ケンカ=戦争」とすると「戦争反対」の話だし「ケンカ=核兵器の使用」とすると「原水爆反対」の話ね。

 突き詰めて考えると、日本人としては、「核兵器は地球環境を破壊するので、地球に優しい兵器を使って(自分達だけ、勝手に死んで)ください」というあたりに落ち着くのだろうか。

 それとも「新規核開発を認めると、小さい国が核武装して偶発核戦争の危機が高まるから」とか「核テロの可能性が増えるから」ってことから「日本人である我々にも関係することだ」ということにするんだろうか。確かに、カダフィーとかフセインとかが、アラブで原爆使っても、わりと「対岸の火事」って気がしないでもないが、北朝鮮から福岡あたりに核搭載のノドンが飛んでくるとなると、他人事じゃないからなぁ。ただ「同じ地球に生きる人間として、原水爆には反対するのが当然」ってまでくくりを大きくすると、ちょっと説得力が足らない気がするんだよなぁ。(地球環境に優しくないから、ってのは、けっこう「地球規模」って感じがするか)。まぁ「日本人として」ってスタンスで考える必要はないのかもしれないが。

 とか、「ただ原爆反対と唱えていてもだめなんじゃないか」とか思ってみても、ありきたりの結論(というか「結論なし」)に到達するだけだなぁ。考えるには材料も足りないことだし、今日の所は「原爆反対!」「あやまちは二度と繰り返しませんから」と唱えておくことにしよう。


980806a[ daily life / 日常生活(木) ]

 福岡は晴れ。午後一時にわか雨の予報が出ていて、なんか怪しい雲が出ている。


 あまりに天気がいいので、布団を干す。「ウルトラ5つの誓い」だっけ?


 朝10時、仕事場へ。


 昼飯は、豚キムチ。

 豚キムチというのは、韓国料理なんだろうか? それとも、日本で開発された食べ物なんだろうか? 韓国料理だとしたら、日本全国にありそうだけど、日本で開発されたとしたら、北部九州とか大阪とか、韓国・朝鮮の人が多そうな地区で開発された非全国区な食べ物なのかもしれないな、と思った。

 ちなみに、オレは大学に入るまで「豚キムチ定食」などという食べ物を知らなかった。


 なんか、予報通りに夕立が来そうな雲なので、自転車で自宅まで走って布団を取り入れるのだった。


 明日、外国から偉い人が来て、視察するということなので、仕事場の掃除をしてみたり、英語プレゼンの準備をしてみたり。

 まぁ、どうせ持ち時間は5分程度なので「適当」でいいのだが、そうはいっても相手は外人なんだから、余分に準備しておかないと、アドリブではかわせないからなぁ。って、いざとなったらアドリブでかわすしかないのだが。

 自分Macで、旅行画像をjpegに変換しようとしたら、HDがいっぱいで、どうにもならず。いったん、MOに退避させなくてはならないことが判明。MOをつなぐには、余所のマシンにつながっているMOドライブを(こっそり)ひっこぬいて来なくてはいけないので、面倒だなぁ。はぁ。

 250枚も画像があるかと思うと、ちょっと興奮してしまうわい。

 けど、仕事場仲間のために、Webにあげて、htmlも書かなくてはならないと思うと、ちょっとくらっとくるな。なんかもぉ、Webサーバにindex.htmlを置かずに、httpdが自動生成してくれるファイル一覧をクリックしてもらおうかしら的な気持ちが。


 和歌山の「青酸カレー事件」は、ヒ素が検出されたために、呼称が「毒カレー事件」になったのか。

 確かに「毒物」が入った「カレー」なのだが「毒カレー」ってのは、ちょっと、ストレートすぎるんじゃないか、と思うのだが。

 それにしても、青酸化合物が検出されたのを県警は保健所に報告しないし、捜査本部は青酸化合物鑑定に重点を置いてて、ヒ素の検出はしてなかったそうだし、なんか「当局がもうちょっとまともに対応してれば、死者でなかったんじゃ?」という雰囲気が漂うなぁ。(四人の死者の死因はヒ素じゃないそうだけど)。まぁ、そもそも「犯人」が毒なんか入れなきゃ、誰もしななかったんだけども。

「毒物混入事件の際のマニュアル整備が重要だ」とかいう話になるのかな。テレビに「毒物混入事件評論家」とか出てきて「アメリカには大統領直属の毒物混入事件委員会が設定されておりマニュアルの整備もすすんでいる」とかさ。(と、書いたが、アメリカだったら「大統領直属」とかじゃなくて、もっと下部組織にマニュアルありそうで、いまいち面白くなかったな)


 と、いうわけで、みんなで「自分の漏っている情報を何でもかんでもhtmlにして公開しする」という姿勢を作ると、みんな幸せになるんじゃないかな、と思ってみたり。

 まぁ、そうすると怪しげなクズ情報の洪水の中に、正しい情報が埋没してしまうんだろうけど。

 んで、テレビに「情報リテラシー評論家」が出てきて「日本の子供は、アメリカの子供に比べて、情報リテラシーが低い」とか批判するわけだ。


 タイトルを忘れたが、けっこう前に出版されたナンシー関のエッセイ集を立ち読みしてみた。

 この人のエッセイは、「ちょっとなぁ」とか「何この人?」みたいに、何となくそのスタンスがあやうい芸能人を取り上げて「この芸能人の人気の基盤がいかに危ない物か」を解説するところに妙があるわけで、以前は結構好きだったのだが、最近は、どーも毒が暴走している(だけな)気がしてきて、読むのがゲンナリかもしれないと思ったりする。

 デーブ・スペクターともめたときに、デーブ・スペクターが「彼女はボクの容姿から仕事から日本語からギャグセンスから、なんでもネタにして批判・攻撃することができるけど、ボクは彼女に向かって『このデブ』とか『このブス』とは言えないわけで、そういう状況では、話がかみあわないからね」(文責オレ)というようなことを述べていて、この発言に関しては、ナンシー関とデーブ・スペクターでは、デーブ・スペクターの方が説得力があった気がして、オレの中でナンシー関の信頼度が1ランク落ちたわけだ。

 さらに「Give me a Shake」が売れるか売れないかで危なかったころのMAXをして「アムロナミエが抜けた後の残りカスであることを自覚できずに、バラエティやクイズ番組で『一生懸命』を全面に押し出すうっとうしい連中。はやく負けを認めろ」(記憶で書いてるので、文責オレ)的な事を書いていたのを読んで「そうかもしれないが、言いすぎな気がする。もし売れたらどうするんだ?」と思ったあたりで、オレの中で彼女に対する信用が、また1ランク落ちたわけだ。

 まぁ、MAXが今の芸能人ランク(って何?)のどのあたりにいるのかは謎なのだが、とりあえずその後、紅白歌合戦に出られる程度には売れたわけだからして「負けを認めろ」(文責オレ)ってのは言い過ぎだったと思う。

 で、そういう風に思いながら読み続けたのであるが、アトランタオリンピックの時の「千葉すず」事件の顛末のあたりで「今の日本人は臆面もなく『私を感動させて、私を気持ちよくして』とねだるようになった」(文責オレ)という分析をしているあたりで「ハッ」となった。

「長野オリンピック、W杯と、『感動をありがとう』系のイベントが続くのだが、これからどうなってしまうんだ?」(文責オレ)というオチで結んであったのだが、ナンシー関の言うとおり、日本人の『感動をありがとう病』『私を感動させてくれ病』は、ますます加速的に悪化している気がする。

「感動させてくれ病が悪化」と書いたけど、それが、どう悪いのか、どうもよくわからんのだが。

「自分達が『自分達が感動できさえすれば、どうでもいい』という行動原理に従って動いていることを自覚」して「自分達のお金と労力で自分達の感動を調達できるよう行動」して、そして「自分達の感動調達のためにネタにされた人やイベントに、最小限度の被害しか与えないように注意」する、ってことなのだろうな。

 W杯なら、勝ってる間はちやほやするけど、負けて選手が帰国する時には、誰も出迎えない、とか。(なんか違うような)。少なくとも「負けた選手には水かけてみる」ってのは間違いだろう。


 広島原爆の日の話は別項


 食欲不振につき、夕飯はタコ焼き。

 うーん、なんかもうちょっと理性を使って「身体に良さそうな物」を食べなさい>オレ。


 ワープ日記のフォーマットや文体やらを変えたい! という欲望がふつふつとたぎる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 なんか、邪魔なものを全部とっぱらった「広々とした四畳半」のようなフォーマットにしてみたい今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 とはいえ、けっきょく「手の届く所になんでもある、コクピット感覚あふれる部屋=便利(だと思う)リンク満載でごちゃごちゃしたページ」に戻ってしまうであろう事は想像に難くない今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 文体に関しては、壱岐旅行記で飛ばしすぎた反動で、げんなりしているのが原因と思われる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 参考のために、普段読まない(以前読んだことがない)Web日記を、リンク集からたどって30個ほど読んでみましたが「自分がなぜ、Web日記巡りをあまりしないのか」という理由をもの凄く強烈に思い出した今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。ボクはゲンナリですが、元気です。


 世界を動かすのは「情熱」なのか「愛」なのか?

 とか。


 Tシャツ転写プリンタ用紙を買ったにもかかわらず、オリジナルTシャツは、まだ作成される気配がない。

 と「週刊アスキー」を読むと、オリジナルTシャツ作成記事が。なんか目を血走らせたビルゲの柄のTシャツが。ええのぉ。

 なんか「これしかないな!」というような、マークとかキャラとか無いかなぁ。うーむ。

 ただ、不摂生から、ヘインズのパックTシャツを着ると、お腹のたるみが気になるお年頃であるオレ的には、ヘインズのパックTシャツを素材にして作るオリジナルTシャツってのは、実は「この夏鬼門のアイテム!」だな、と。

 別に愛してないけども「iMac」のTシャツとか偽造してMac者のフリするかなぁ? MacPowerの表紙とかパクると「かっこよさげなMacなTシャツ」とかすぐ作れそうだなぁ。

 ThinkPadなら、「りょう」が赤手袋でカメハメ波発射してる「大人の翼」のやつで作ると、かっこいいかもなぁ。

 うーん、新バージョンが出たばっかりの「BTRON」とか、ひねりがあって、いいかもしれないなぁ。

 というわけで、あまりナイスなアイデアが浮かばない今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですしょうか。ボクはネタ切れですけど元気です。

オリジナルTシャツのネタといえば...


980805a[ daily life / 日常生活(水) ]

 福岡、快晴。


 本日から通常業務に復帰なのであるが、どうも調子が出ないな。


 篠原ともえ、のNew Album「メガフォン・スピークス」を入手。まだ聴いていない。


 ThinkPad235を目撃。バッテリーが搭載されてない状態だったので、ものすごく軽かった。それはそうと、本体奥の左右にバッテリーを搭載するためか、キーボードがえらく手前にレイアウトされていて、パームレストになる部分があんまりなくて、手の平を宙に浮かしてないとタイピングできないので、ちょっと悲しいかも知れない。少なくとも、オレの好みではない。


 ふと思ったのであるが、Web日記から他人の日記や他のページにリンクした時に、確認は、しないもんなのだろうか? まぁ、オレもいばれるほどきちんとリンクは確認できてないのかもしれないが、他人のページを批判したり文句つけたりしたときなんかは、いつもにまして慎重にリンクできてるかどうか確認してしまうのだが。

 まーリンクミスしてるページのネタが「この人はリンクが正しくなくて困る」という文句だったりしたら、できすぎで大笑いだったりするのだが。わはは。

 別に、特定の誰かに対して書いてるんじゃなくて、「みんな気をつけようね。特に、批判、非難、攻撃する際には念入りに」ということを思ったわけです。


 実家から持ってきた矢追純一のUFO本を読んでいるのだが、なんか、ことごとくゲンナリしてきた。しかし「と学会」の言うことも矢追純一のいうことも、オレが個人として裏をとってるわけではないので、「どちらも同じ程度、疑わしい」わけである。だから、MJ12は本当にあるのかも知れないし、ないのかも知れない。エリア51にUFOはあるのかもしれないし、ないのかもしれない。

 とはいえ、なんつーか、「相互に矛盾しなくて整合性のある情報があったら、それは秘密組織が情報操作をしているのだ」というふうに解釈して、「とにかく世間一般で言われている整合性のある話に矛盾する事物の集合体」をひたすら作り上げようとする努力ってのは、いったい何なんだろうと思ってしまうことよ。そして、その「常識と矛盾する事物」同士が猛烈に矛盾してしまっている点は、どうすればいいんだろうか、というか。

 とはいえ「どこまでいくんだろう?」という点からみると、興味は尽きない。


 旅行記を書かねばならないと思っているのだが、どうも、とっかかりがつかめないものだな。

 と、いうのも、今までの経験上、旅行記は、時間順に書かないとつまんないことになるからなのだ。

 と、いうか「つまんない」のは、できあがりの文章じゃなくて、書いてるオレの気分ね。「できた旅行記がつまんない」かどうかは別として「書いてるオレがつまんない」わけよ。

 ただしい作文の書き方からいけば、出来事を箇条書きにして、その中から一番面白いトピックスを探し出して、冒頭に、その一番スリリングな部分を書いて、おもむろに出発の経緯に時間を遡る、とかいうのが「正しい作文の書き方」なのだろうが、オレとしては、出発から帰り着くまでの出来事を、順番に書かないと気が済まないのだった。

 で、そのためには、全体を、あるいはせめて一日分を集中して朝から晩まで書き終わるまでの時間を連続して取れないと、書けないのだった。

 旅行の後ってのは、旅行の疲れは出るは、旅行の間にほったらかしにした事が牙をむいて襲いかかってくるは、そんな落ち着いて旅行を振り返ってる暇はないものなので、旅行記を書くのは難しいものだ。

 しかも、時系列に沿って、ひたすらダラダラと書かれた旅行記は、読者の身になってみると、必ずしも楽しいものではない、というのが問題なのである。

 正しい旅行日記の書き方とは、どのようなものなのだろうか。

そんな日記を私は書きたい。


「そんな日記を私は書きたい」とか、聞いたようなオチで落としてしまったが、よく考えると、この台詞は「書いた結果が読んで楽しくためになる日記になって欲しい」という希望と「楽で楽しい日記の書き方をしたい」という希望の二つの希望の複合体なのだな。まぁ「楽しい日記の書き方」と「書かれた日記が楽しいかどうか」は、同じではないけれども、完全に独立もしてないから、話が面倒なのだが。

 というか、完全に独立もしてないから話になるんで、完全に独立してたら、お話にならない気もする。


 夕方に、旅行荷物に入れたまま自宅に持ち帰った物体Xが必要になったので、いったん帰宅して手に入れて、ついでにシャワーを浴びて、すぐ仕事場に戻るつもりが、気付いたら3時間ぐらい床の上で爆睡してしまっていた。やはり、疲れがたまっているのだろう。


 そういえば、旅行中に録画しておいた「スィートデビル」とか「うたばん」とか村上龍が韓国の文化人と語らう番組とかを観ねば。楽しみだなぁ。けど、録画してあると思うと、安心してしまって「またあとでもいいや」と思わなくもないな。


 篠原ともえ「メガホン・スピークス」を聴いてみた。

 なかなか面白い・楽しいCDだと思う。

 けど、売れないんじゃないかなー?

「ココロノウサギ」は入っているが、別バージョンだし、「まるもうけ」は入ってないし、(会社が違うのかもしれないが)「カロゴンズ」関連も入ってない。

 篠原ともえ本人作詞作曲の歌が半分ぐらい入っていて、ラブラブオールスターズ色は無い。

 と、いうわけで、いわゆる「バラエティーキャラクター」のシノラとかなり乖離してる気がする。

 しかし「バラエティーのシノラから乖離している」という意味で、オレは面白いと思うし、評価してみたかったりして。


「アンドロメディア」って興行的にどうなんだろうか? なんだか、映画館入口に、「先着50名様にポストカード!」とか、ちょっと「急遽でっちあげました的なPOP」が貼ってあって、「てこいれしてみました」っぽさが全開なんですけれども。

 まぁ、この夏の映画では、「ゴジラ」とか「ディープインパクト」はしたかないとしても、「アンパンマン」とか「ポケモン」とも戦わなくちゃいけないから、大変だよな。

 と、書いてみたが、よく考えたら、毎年、どの季節の映画も「東映アニメフェア」とか「ドラえもん」とかと戦わなくちゃならないんだよな。オイラ的には、つい「お子様向け映画」と別枠に入れて視野の外に追い出しがちなんだけれども、「映画」はある意味では「何人客を呼んだか」と「いくら儲けたか」で評価されるものであるわけであるから、そういう意味では、相手がアンパンマンだろうが孫悟空だろうが、同じ次元で戦わなくちゃならないわけだ。


 いま、Macに向かってQV10Aから、もくもくと画像が転送され中なのであるが、Macのディスプレイの「カメラ本体アルバム」画面、すなわち、画面一杯のサムネイル画像一覧を見ていると「あぁ、デジカメって面白いなぁ」という気持ちが、ふつふつと湧いてくる。

「今回、海のシーンが多いから、全体としてブルーだよなぁ」とか。

 なんか、デジカメが一番楽しいのは、撮影中でも、できあがった画像を加工してる時でも、Webで公開した時でもなくて、このサムネイル一覧を見るときなのかもしれない、という気がする。

 これは、いったいどういうことなんだろう? 「いろいろあったなぁ(しみぢみ)」ということなんだろうか? 別に「たくさんあつめたな。うふ」という気持ちではないような気がするのだが。

 その昔、「オレンチページ」だかのQV10を使った画像加工法のネタの中で、わざわざ接続ソフトのサムネイル一覧のスクリーンショットを撮って、作品にする、というのがあったけれども、やはり、「一覧」ってのは、何か力があるものなのかもしれない。(あれは、たしか、見栄えのために、わざわざサムネイルの順番を変更してたけど)。

 うーん、なんか、SPEEDの「Luv Vibration」のプロモ(レコーディング風景や、SPEEDの日常風景を、細かくコラージュした作品)がすごく楽しいのに通じるものがあるのであるが。

 あーしかし、今回も「(仲間がピースして写ってる)記念撮影」が多くて「路上のバカ物体収集」的なネタが少ないなぁ。

 記念撮影は記念撮影として、立派に価値のある写真だと思っているのだが、旅行写真から記念撮影をぬいた残りが少ないと「オレはいったい何をしてきたのだろう?」と思ってしまったりするわな。

 まー、海水浴して酒飲んで寝るのが任務な旅行なわけだからして、写真撮るほどのこともしてないのはあたりまえなんだが。

 QV10Aだと「青い海」とか「赤い夕焼け」とか撮影しても、肉眼で見た「おぉきれいだ!」って色彩が出ないから、あんまり「純粋に美しい風景」はとらないことにしちゃうから、あまり枚数が出ないのかもなぁ。

 まぁ試し撮りも記念撮影も含めて、2泊3日で、200枚撮影すれば、充分だ、って話もあるだろうけど。


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